2016年03月11日

甦る記憶

5年前のあの日も金曜日でした。

いつも通り、車に遠征装備を積み込み、仕事を終わったら山形に向かうはずでした。
まさかその装備を半月以上も日常的に使うことになるなんて、想像もしていませんでした。

数時間前、あの激震に遭った道を走りました。
あの道を通る度、また揺れるのではないかと思います。

今日も何事もなく、無事に目的地に到着し、明日に備えています。

そんな当たり前のことができなくなったのが5年前。

釣りができるのは、実は幸せなこと。
久しぶりにその思いが甦る山形の夜なの
です。
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2014年03月11日

3年後の3月11日

あの日を無事に乗り越えることができたのは、単なる偶然。

もし、1日早ければ。
もし、1日遅ければ。
もし、高速道路を走行中だったら。
もし、携帯を持っていなかったら。
もし、2日前の津波がなければ。

そんなもしもが重なって、私は今、こうやって生きている。

そう思い続けて早くも3年。


最近、釣りビジョンのスタッフが職場にやってきた。
なんでも、被災地での釣りの取材・放送を自粛しているとのこと。
これまで、担当者の独断で放送した番組もあるが、それを見た社長が激怒してしまったのだとか。
そんな経緯もあり、こちらの状況を確認しに来たという。

まだそんなことを考える人がいるのか?

「最盛期の早朝の塩釜港遊漁船出港の様子を取材に来ては如何ですか?それで分かりますよ。」

思わず断言する私。

この発言が良かったのか悪かったのか分からない。
しかし、それこそジギング・カレイ釣りを筆頭とする、秋のあの盛り上がりを目にして自粛がどうという人はいないだろう。
そんな宮城の釣りの状況をみんなに知って欲しい。
ひいては、釣りに限らず被災地の現状を知って欲しい。

一方、内水面の釣りの取材の可否についてはなんとも言うことができない。

そんな私の思いを、分かってもらうことはできただろうか・・・。

そして、この拙い文章を読んでいる皆さんへ。
最近、めっきり報道される機会が減っていると聞く震災被災地ですが、まだ何も終わっていません。
それどころか、まだ何も始まっていない部分もあります。

先は長いですが、忘れないで欲しい。
それが私の願いなのです。
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2013年03月20日

安心して寝るために

先日訪れた大河は雪代によりシーズン終了。
赤川はパっとしない。

道中が通勤経路とほとんど変わらないので気が進まないが、時間が無いのでオッパに向かう。

が、家から3kmほど進んだところでUターン。
北上大堰大解放の情報を得、傷口が広がらなかっただけマシ?

ということで、またもポッカリ空いた一日。

こんな時に最適なのは、散財ネタ。

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先日ナチュラムに注文し、届いたのは“GENTOS EX-1977IS”
http://www.gentos.jp/products/flashlight/explorer/EX-1977IS/

本製品は既に1台持っているのですが、なぜ4台も追加購入するか?という理由が、今回の話の中心です。

それもこれも、全ては災害対策のため。

東日本大震災直後、同じGENTOSのEX-777XP 2台が大活躍しました。
今回購入したEX-1977ISは、ハッキリ言ってEX-777XPと明るさは大して変わらず、例え停電しても、十分に明るさを確保できます。

P1010277.JPG

そんな能力を持っていますから、車中泊時の明かりもこれでOK。

ということで、私の車に2台、自宅寝室用に家族それぞれの分3台という配置となりました。

冷静に考えてみると、これってやり過ぎ?といったカンジがしないでもないですが、あの時の経験を踏まえると、家族の誰もやり過ぎとはいいません。

寝室に置く家具の高さは腰よりも低い位置に。
そして非常時の明りを確保しておく。
家が潰れさえしなければ、これで震災直後はなんとかなるはず。

もはや、ここまでしないと安心して眠りにつくこともできない私、そして家族です。
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2013年03月11日

2年経って

今、あの日のことを書くのが1年ぶりであることに気づき、絶句してしまいました。

当たり前のように存在する仮設住宅。
見慣れてしまった人工建造物がほとんどない海岸線。
通勤時間は復興車両で大混雑の三陸自動車道。

これが日常の光景。

そして、連日復興関連の膨大な仕事量。
気がつくと一週間が終わっている。

どうやら、私はこんな状況に流されてしまっているみたいです。

だから、今日のような日こそ、あの日のことを振り返ってみましょう。


さて、ここからは釣りのお話。

我々釣り人にとって当たり前の行為、魚を釣るということ。
これって恵まれた環境にいるからこそ可能なのです。

だから、最近の私のように「週末はいつも天気が悪くて釣りに行けない」
なんて言うのは贅沢の極みなのです。

そして、魚を釣った喜び。
これって何者にも代えがたい素晴らしいものなのです。

2年前、私にとって全ての原動力は釣りでした。
あの経験を経たからこそ分かるこの気持ち。
私自身、忘れるつもりはありませんし、決して忘れてはならないと思います。

そして、この文章を読んだ皆さんも考えて欲しい。
釣り人って本当に恵まれていて、幸せな人間なのだということを…。
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2012年03月11日

3.11

朝食時に開いた地元紙、河北新報は震災報道一色。

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犠牲者の名前はこれだけにとどまらない。

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そして、ある漁船が波に飲まれる直前の写真が掲載されており、絶句…。


14時46分、職場の追悼式にて黙とうを捧げる。
サイレンが鳴り響く中、ただただ犠牲者の冥福を祈る。


あれから1年。

平成23年3月10日以前の世界が夢のよう。
でも、東日本大震災が起きたこの世界に生きている。
あの日の出来事は、決して忘れない。
忘れてはいけない…。
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2011年11月20日

たまにはこんな話でも

今週は、波の具合がシーバスにはベストに近い状況だが、日本海側の天気は雨。

先週罹った風邪がまだ抜けきらないので、ツタヤで借りたDVDを見たり、震災関連本を読んだりなどと、あえて大人しく過ごす。

ということで、私が購入した震災関連本を紹介してみたい。


・河北新報社の報道写真集「巨大津波が襲った 3・11大震災“発生から10日間 東北の記録”」
 http://www.kahoku-ss.co.jp/tsunami.html

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私が紹介するまでもないベストセラー。
最大地元紙「河北新報」の東日本大震災後の10日間の総まとめ。
私が購入したのは、読むためというよりは保存用。
県内の被災者の相当数が購入しているが、当時、長期間に亘り宮城県民は情報に乏しかった。
停電から復旧した頃には、世間は原発報道一色で、地震・津波でどれだけの被害を受けたのか?実感に乏しかった。
そんな10日間の空白を埋めることができるのがこの写真集という訳。


・文藝春秋「河北新報のいちばん長い日“震災下の地元紙”」(河北新報社・著)
 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163744704

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 私の家も河北新報を購読している。
 震災翌日、朝刊が配達されていたのに驚き、隅から隅まで目を通した。
 さらに、その翌日の朝刊に掲載されていた女川町の津波写真を見、上司が会社事務所から仙台まで送って行った記者(女川から石巻まで歩いたという)が地獄絵図を撮影していたことを知った。
 この本には、地元新聞社ならではの役割・使命・苦悩・葛藤が網羅されている。
 河北新報購読者以外にも、読むべき価値は十分にあると思う。


・釣り人社「東日本大震災を生き抜く“ただただ夢中で書き続けた 釜石市在住友釣りマン
 鈴子陽一、渾身の震災日記”」(鈴子陽一・著)
 http://e-tsuribito.jp/pages/shopping/book/13/711.php

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 私のアユ釣りの師匠の一つ「鈴子陽一の友釣り強化書」の著者の震災の記録。
 ライフラインが途絶えた時、やはり釣り人は強いことを再確認。


・産経新聞出版「日本に自衛隊がいてよかった“自衛隊の東日本大震災”」(桜林美佐・著)
 http://www.sankei-books.co.jp/m2_books/2011/9784819111416.html

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 ただただ感謝の一言の自衛隊。
 震災後の活躍には、「戦争よりマシ」という裏があった。
 本当に自衛隊がなすべきことは、何か?
 あらためて気付かされた一冊。
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2011年04月14日

石巻市鮎川港にて

世界は歪んだ。

世界は捻じ曲がった。

かつての石巻市在住時、フラっと出かけてアイナメ45pオーバーばかりを3連発。
常夜灯に照らされた海面一面にメバルが浮いていた夜。

そんな思い出がある鮎川港は、人の背丈ほども地盤沈下し海に沈まんばかり。

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気がつくと地鳴り、そして地震。
実は常に揺れている状況。

そして気づく。

世界は今も歪み続けているのだ。
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2011年04月08日

日常なのか?

震度4では気にもならない。
震度5でも話題にならない。

昨晩の震度6強ですら、ニュースの冒頭に数分のみの報道。

今や世間の基準は震度7なのだ。

そして自分の職場周り。

P1000442.JPG

自衛隊と米軍のキャンプに囲まれる日常。

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非日常的な状況のはずなのに、これが当たり前の光景。

やはり我々は1ヶ月前とは別の世界にいるのだ。
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余震

無事です。

ただ、家の壁にヒビが…。
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2011年04月06日

現地の今

4月3日

sa兄貴とともに現地に赴いた。

最初は女川町。

女川町1.JPG女川町2.JPG女川町3.JPG

女川町4.JPG

初めて目にする真の被災地を前に、言葉が出ない。


女川町御前.JPG

途中に点在する小さな漁村は、何もない。
兄貴の友人の家は、海の上に屋根だけ浮かんでいる。



北上して石巻市雄勝町を目指す。

雄勝町1.JPG雄勝町2.JPG



南三陸町志津川へ。

志津川町.JPG

破壊云々ではなく、あまりにも何もないことに言葉が出ない。



南下し、戸倉〜十三浜方面に向かう。

志津川町戸倉1.JPG志津川町戸倉2.JPG志津川町戸倉3.JPG

志津川町戸倉4.JPG




帰りに通るはオッパの河口。

北上川河口1.JPG北上川河口2.JPG



土手が消滅し、対岸に見えていた長面サーフは過去のもの。

もはやかつての光景には戻れない。
新しい世界を作るしかないことを実感した一日であった。

※画像は全て助手席からの撮影です。
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2011年03月31日

ただただ ありがとう

ようやく家の近所でガスの復旧作業が始まった。

近寄ったところ、工事車両のナンバープレートに「神戸」の文字。

15年前の悪夢を乗り越え、別の被災地へ応援に。

それを思うと、涙が溢れてきた。

本当にありがとう。
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2011年03月27日

忘れられぬ夜

3月25〜26日

X-TRAILのガソリンが、昨日の出勤のために心もとないものとなった。

今の状況で給油するには、かなり気合が必要である。

気を利かせ、16時より並んでいた父の車と交代したのは21時のこと。

その他大勢の人のように、駐車違反・車上荒らしの可能性が上がる自家用車放置はしたくない。
まさか自宅から15分の距離で車中泊をすることになるとは、なんて世の中なのだろう。

当然、エンジンはかけない。
これは車中泊なら当たり前のことであり、危険防止策でもある。

夜が明けると車上に20pほどの雪。

ようやく9時のガソリンスタンド開店時間を迎える。

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3000円分、20リットルを給油し帰路につく。

これがこちらの現状である。


ところで、思いがけない画像を発見。

生涯忘れ得ない震災第一夜。

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パっと見、単なる宴会画像だが、テレビが伝える真実と、あまりにも頻発する余震に、この空間には恐怖と不安が満ち溢れていたのであった。
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2011年03月24日

落ち込みます

本日は久しぶりに石巻市に所在する事務所、私の本来の通勤先に行ってきました。

事務所はまだ、電気以外のライフラインが未復旧。
職員の7割方、津波により被災し、事務所に出ているのは半数程度。

数日に一度、お湯を浴びるだけの私でも、他の職員に比べれば、服も姿もはるかに小ざっぱりしているので、自分はなんだか場違いな印象。

そして、あまりにも酷過ぎる被害に仕事もろくになく…。

被災後の浜の状況を撮影した画像を整理しても、気が滅入りるばかり。

ということで、落ち込んでいますが、ようやく現実が見えてきました。

ちなみに、頑張れと言われなくても頑張りますので、ご安心下さい。

最後に、以下は前述の画像の一部です。


IMG_1714.JPGIMG_1716.JPGIMG_1731.JPGIMG_1736.JPG
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2011年03月23日

今のスタイル

3月11日、14時46分を境に世界は変わった。

自宅が所在する団地は急坂ばかり。

20年前の全盛時、連日、自転車から降りるどころか猛スピードで制覇していた登り坂。

初日はその半分までしか登ることはできなかったが、今は猛スピードとは言えないまでも、余裕の制覇。

そして本日、公共交通機関を全く利用せず、アップダウンのキツイ片道13kmの道のりを自転車のみで制覇し、ささやかな喜びを得た私。

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ほんの半月前まで、こんな姿で通勤するだなんて、想像もしていなかった…。
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2011年03月18日

御礼等

まず始めに、このような形で、そしてまとめてご返事すること、お許し下さい。

今回の震災に関し、電話やメール、ブログ等で
あぶらハムさん、ももたろさん、TOMOさん、木村sakuramasuさん、北のGTさん、カジカの人さん、S太郎さん、太ハリスさん、tomさん、中伊豆たかさん、masaさん、オサムさん、turikenさん
その他大勢のみなさんより安否確認・応援・心配その他諸々たくさんのメッセージを頂きました。
中には、学生時代以来、10数年ぶりに連絡を頂いた方もおりました。

このように、大勢の仲間に心配して頂ける私は幸せモノです。
そして、このように大勢の仲間を作ることができる釣りという趣味の素晴らしさを実感しております。

現在、私の家は携帯電話と電気が復旧し、先程水道も出るようになりました。
残るはガスだけですが、こちらは復旧までに相当な期間を要するはずです。
ただし、水と食料の蓄えは十分にありますので、津波被災に遭われた方々のことを思えば、天国のような地にいると思います。
実際、報道されないだけで、食料や水の強盗、強姦までもが多発している地域があるとのこと。

したがって、既にある程度余裕のある私は、地域の復興に向け、出来る限りのことをすべきはず。

それがうまくいった時、再び釣りに専念できることでしょう。
まずは、解禁日の那珂川に立つ。
それを目標に、とにかくやるしかありません。
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2011年03月15日

経過報告と決意

3月11日

14時46分、大崎市岩出山の道の駅付近を走行中、携帯より緊急地震速報の甲高いアラーム。
この速報は、いつも大したことなく後続車も止まる気配がない。
そう思った瞬間、ハンドルをとられ、ハザードランプを点灯して緊急停止。

正直、震度5程度の揺れなら慣れている。
なんせ、最初の地震経験が昭和53年の宮城県沖地震。
学生時代、北海道東方沖地震の最激震地に居たこともある。
だが、この揺れの激しさ、揺れの長さはなんだ!?

あまりにも長すぎる揺れが治まり、とりあえず目の前にある道の駅の駐車場に入る。
駅の中のテレビを見ようと思ったが、完全に停電し、モノが散乱している。
明らかに異常な状況。

待ち合わせしていた同僚にすぐに会うことができたため、急ぎ目的地である江合川漁協へ向かう。

まずは放流直前のサケ稚魚の様子を確認する。
大丈夫。

ここでふと気付き、カーテレビをつけてみれば、ほぼ1年前にも発令された大津波警報。
大船渡は10mの津波が“既に到達”の報。

しばし後、気仙沼市の見慣れた光景が映る。
その中を何隻もの遠洋マグロ船を巻き込んだ巨大な波が押し寄せる。

次に見たのは、つい数日前に訪れた女川漁港の中で大型船が転覆する光景。

世界が変わってしまった。
声が出ない。

一方、自分がいる場所は内陸部。
田舎であるため、電気がなくても暖房や食料に事欠かない。
明りは私が持っている。
仕事が済めばそのまま釣行する予定だったため、宿泊の用意もある。
おまけに事務局長がテレビチューナー付きノートPCを持っている。
私が車からインバーターで電気を取って接続。

外は吹雪。
けっきょく、暖房・食事・情報の全てが満たされているこの場で夜を過ごした。
不謹慎な言い方だが、これだけ恵まれた中で震災第一夜を過ごした人間はそうはいなかっただろう。


3月12日

夜明け前、池のポンプを動かす発電機のトラブルに目を覚ます。
なんとか対応し、朝食を頂いた後、江合川漁協を後にする。

道路には、たまに地割れ・陥没が見受けられる。
震度6強ならこうなることは想定済み。

だが、最初に目にしたコンビニの人の列に唖然。

覚悟を決め、2件目のコンビニに入る。
店の中を1周するまで客が並んでいる。
精算は電卓計算、散乱する商品を子供たちが片付ける。
その光景を見かね、商品の片付けを手伝う客がいる一方、我先に商品を取っていく客もいる。
人間の本性が見えるな…。

1時間後、目的地である石巻市に向け再出発。

間もなく目的地という頃、見慣れない光景が広がっていた。

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ここは水田ではないはず…。
数百m進み、旧北上川の橋を渡る。
溢れ切った川に、大津波という現実を実感。

普段の倍の時間を要し、勤務先に帰還。

覚悟していたが、家に帰ることができない、あるいは帰る家がない同僚10名ほどが疲れきった姿で残っていた。
彼らに比べれば、私は十分に満たされている。
ほとんど食事をとっていないとの話に、先程1時間かけ、本来自分用に購入した食材を提供した。

今度は自分の無事な姿を家族に見せなければならない。

通常の帰宅ルートは、道路が冠水・崩壊しておりカーナビを駆使して裏道ばかりを利用。

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道中、多数の緊急車両が通り過ぎる。
思わず「頑張れ!」のひとりごと。

停電のため、まともに起動している信号はほとんどないが、通行は案外スムーズ。
普段よりも譲り合いの気持ちを感じる。

2時間後、無事に帰宅し一安心。

さらに数時間後、姉も帰宅。
生死が紙一重の状況だったようで、本人はもとより家族一同涙を流しながらもホっとした。


3月13日

気が休まる間もなく余震が続く。
2時間も眠っただろうか…。

夜明け前、隣の山形県の停電が復旧したとラジオで聞く。

意識が朦朧とする中で考える。

家族は楽観視しているが、あの状態では水と食料の補給は難しい。
ガソリンも心細くなってきた。
ただし、電気が通じていれば、ガソリンスタンドが営業しているはず。
通い慣れた山形県であれば、復路のガソリンが無くなっても何とかなる。
新庄まで行けば行きつけの釣具屋、フィッシングちゃっか屋で泊まれるだろうし、庄内にはSO君がいる。
帰りながら、ついでに江合川漁協での忘れものを受け取ろう。

迷う理由はない。
朝食を済ませ、念のための車中泊装備も整え、奥羽山脈を越える。

東根まで行き、ガソリンに関する状況が宮城県と変わらないことを知り愕然とする。
そこで、ちゃっか屋にTELし、最悪の場合のお願いをしておく。

だが、次にSO君と連絡が取れたことで全ての問題が解決!
ガソリンを満タン給油できる店があるという。
これがネット情報ならば真偽を疑うところだが、前日に本人が満タンにしたというのだから間違いない。

当然だが、それは真実であった。
50リットル近く給油し、灯油も2缶購入。
SO君の案内により何軒もお店を回り、食料やら必要物資を8割方購入。

ついでに温泉に浸かる。
断水地域にいる家族、その他被災者に申し訳ないが、今回は一種の賭けに出たようなもの。
だから、これくらいは自分へのご褒美だ。

そして新庄へ戻る。
ちゃっか屋で水をもらい、ミッション完了。

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ただ、オトリ缶に入れた水を飲むのは抵抗を感じる。
衛生的には問題ないはずだが、アユ釣り師としてのプライドが…(苦笑)

けっきょく、帰宅したのは20時近く。

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丸一日かかったが、これで当分の間、家族全員無事に過ごせることが可能になった。

昼食もとらずにお店を案内し買い物に付き合ってくれたSO君、そしてちゃっか屋店長、本当に有り難うございました。
家族一同、心より感謝しております。


3月14日

前日受けた指示により、塩釜市に向かう。

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ここでいきなりUターン。
海から何kmも離れているはずだが…。

目的の事業所は全く津波の被害を受けていない。
目の前が海で、付近は悲惨な状況なのに、不思議としか言いようがない。

大してやることもないので、県の事務所に顔を出す。

事業所に戻る途中、海上保安庁の巡視船の大音量の放送が響き渡る。
揺れもない中での津波警報。

全力疾走で車に飛び乗り、高台に向かう。

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この場を早く通り過ぎたい。
私自身、そして私の車をこのようにしたくない!

正直、生きた心地がしない。

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高台に避難し、一息つくまで、初体験の津波の恐怖をこれでもかというほど痛感。

そして帰宅。
天気がよいためか、家族全員ノンビリムード。
父に至っては、外に出てお菓子の袋を手にしている。
事の重大性を全く理解していないことに、正直、頭にきた。
外部の情報を得ていないと、こんなにも意識の差が出てしまうのだ…。


3月15日

このままでは生きるだけ。
本来の職務を全うするためには、足がない。
X-trailのガソリン残量はかなり余裕があるが、いざというときの県外への脱出も視野に入れると、これ以上消費しない方がよい。

そこで手に入れたのが自転車。

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これで行動範囲が一気に広がる。

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近所のガソリンスタンドは、朝の時点で長蛇の列。

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食料の補給も大変なことになっている。

消耗品の入手も困難。

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ただ、一つ気付き、感動した。
この店舗は地震発生後も営業したようだ。
しかも、可能な範囲で生きるための情報提供を済ませてている。
店員自身も大変なことになっているはずだが、本当に有り難う。

そして20時過ぎ、我が家は停電から復旧。
即座にテレビにかじりつく両親と姉。
いきなり映し出されたのは絶望的なまでの津波の映像。
母や姉はもちろん、父までもが号泣。
これでこの震災を現実のものと理解したのかもしれない。

さて、私自身の問題はほぼ解消している。
明日からは県庁に出向いてできる限りのことをする予定。
なるようにしかならないだろうが、絶対に最後まで諦めない。
やるしかないのだ!
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2011年03月13日

無事です

とつぜん携帯のアンテナが立ったので、今のうちに自分自身の無事を報告しておきます。

あとは何時になるか分かりませんが、落ち着きましたら…。
posted by KIKU at 22:46| Comment(9) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする